茨城県石岡市に誕生したばかりの活気あるお寺です。ただ一心に信者様の開運をお祈りいたします。

息をしているということ

国語辞典で「息」を引いてみました。鼻や口から空気を吸ったり吐いたりすること。とあります。

「息をする」、「息を詰める」「息が絶える」、「息を引き取る」、「息がかよっている」、「息を殺す」、「息が合う」、「息が長い」、「息をつく」「~の息が掛かる」、「息をのむ」、「息を入れる」。

息を使った表現はまだまだたくさんあると思います。

 

私たちは毎日呼吸をしています。息をすることによって生きています。呼吸をしないということは、死んでいるということですね。コレは誰でも知っていることです。

今日は疲れているから息をするのはやめておこう。と言って呼吸をしない日はないはずです。どんな生物でも、息をしているコトが生きているということです。

皆さんは、生まれてすぐに、「こうして吐いて。そしてこうして吸って!」と誰かに教わりましたか?誰に教えられたわけでもなく、只今、この時もしている息。

不思議だと思ったことはないでしょうか。

 

また、子供のことを「息子」といいます。これはそのまま、父と母の息の子ということです。父と母にもまた、父と母がいて、父と母もその「息子」です。

どこかでこの息のリレーが途切れていたら、自分の息は今ありません。

これを思うと、今、している一呼吸がとてつもなくすごいことに気づきます。どこから、いつから始まったのか。とても不思議で想像も付きません。

 

息をするということは、自分と他とがつながることだと思うのです。自分と空気がつながる。空(空気)はどこまでもつながっています。

誰かと「息が合う」というのは、日々の暮らしの中で、とても嬉しく、楽しく、すばらしいことです。友達であっても、同僚であっても、夫婦や恋人であっても、息の合った中からすばらしい仕事ができたり、家庭や環境ができます。

「息が合う」ということは、気持ちが通じる。お互いが信頼しあって、助け合っている。ということです。

 

私たち行者は、日々、お不動さんと息を合わせることを目的として修行します。【気持ちが通じる。お互いが信頼しあって、助け合っている。】これが目的です。

吸う息は全てお不動さんから頂く息。吐く息は全てお不動さんに受け取ってもらう息。こう思ったとき、吸った息を、お不動さんが喜ぶように、最大限に大切に使わなくてはいけない。また、吐く息は、最高の感謝をもって帰さなくてはいけないと思うのです。

この場合の行者というのは、お坊さんや、山伏の格好をした、所謂、行者のことではありません。心の底からお不動さんを信じ、日々の暮らしを精一杯生きている人のことです。

こう思うと、お不動さんは、常に私たちと一緒にいるコトに気づきます。そして、今しようとしている行動がお不動さんの喜ぶ行動か?悲しむ行動か?と考えられます。お不動さんの喜ぶ行動が無意識にできるようになると、運が開けます。

しかし、これがなかなかできないのが私たち人間です。

何かにつけて「カッカ」したり、「イライラ」したり、「セカセカ」したり、「ハラハラ」したり、「クヨクヨ」したり。これが、現実です。〝カ・イ・セ・ハ・ク〟と覚えてください。こんなときには、右に書いたことを思い、一呼吸一呼吸を深く、大事にしてみてください。そんな気持ちになった本当の原因と、対処法をお不動さんが教えてくれるでしょう。

毎日のお勤めの間のほんのわずかな時間、感じさせていただくことを書いてみました。寝ても、覚めても、拝んでも、食事をしても忘れないでいたい。しかし、いつも忘れてしまう。仏になりきれない凡夫の私です。

合掌
平成二十二年十月二十八日(木)不動縁日 法忍

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